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ウスターソースの「ウスター」にはどんな意味があるの?

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イングランド南西部ウスターの街並み




こんにちは
ところで、ウスターソースの「ウスター」にはどのような意味があるのか気になりませんか。オイスターソースのオイスターはカキ油ですよね、ではウスターソースのウスターはソースの素材なのでしょうか。
このような疑問から、今日は『ウスターソース』についてのお話をしたいと思います。

ウスターソース




ウスターとは?

ウスターソースの『ウスター』は地名です。

イングランド南西部にあるウスターシャー州のことを指します。なのでウスターソースは、ウスターシャー州・ウスターという地域で作られたソースということになります。

その起源には2通りの説が存在します。
マーカス・サンディ卿が植民地から持ち帰った説と、ウスターシャー州・ウスターの主婦が作った説があります。

1つ目の、マーカス・サンディ卿が持ち帰った説には次のような話があります。
マーカス・サンディ卿が、当時イギリスの植民地であったインドへと赴任した際に、現地で使われていた魚醤系ソースを気に入り、このソースの製法を本国に持ち帰りました。そしてマーカス・サンディ卿の地元にある医薬品などを製造していたJohn W Lea(ジョン・W・リー)とWilliam Perrins(ウィリアム・ペリンズ)の二人(二人とも藥剤師)にソースの再現を依頼したのです。
しかし、ソースの試作は失敗。ジョン・W・リーとウィリアム・ペリンズの二人は仕方なく試作品を地下室に置き本来の仕事に戻りました。
それから数年後、春の大掃除を行った時に二人は地下室で忘れていたソースを発見するのです。恐る恐る臭いを嗅ぐと当時よりもまろやかな香りでした。そこで試食をしてみると、味もまろやかに、そしてコクが深くなっていたのです。このことを機に、熟成させることで上質なソースがで出来ることに気付きました。
それから二人は、マーカス・サンディ卿からレシピと権利を購入しディップソースとしてこれを販売し始めたのです。

2つ目は、ウスターシャー州・ウスターの町の主婦が作った説です。
19世紀の初め、市内に住む一般の主婦が余つた野菜や果物の端を勿体無いと考え、壷に野菜クズや果物の切れ端を入れ、そこへ塩と酢と香辛料を加へて貯藏すました。やがて壺の中で熟成した野菜や果物が美味しい液状になっていることを偶然発見したのです。この液体が美味しいと評判になり、ウスターの町で作られたのでウスターソースと名付けられました。

この2つの話は同じ地域、ウスターの語原となったのはウスターの地名からきたことは、ほぼ正しい答えだと思います。

ところで、ジョン・W・リーとウィリアム・ペリンズは、世界初のソースメーカーであるリーペリン社 (Lea & Perrins) 設立を設立して商品化もされています。商品名はリー&ペリンウスターソースで、現在日本でもネットを中心に購入することができます。興味がある方は購入されてみてはいかがでしょうか。


日本への伝来

ウスターソースが初めて日本に伝えられた時期は江戸時代末期頃と言われています。これは記録が残っていないため定かではありません。
ウスターソースが広く認知されるようになったのは明治に入ってからのことです。明治5年に出された西洋料理指南にウスターソースが記述されています。当時は西洋の醤油として認知されたそうです。
日本で最初に発売されたのは1885年(明治18年)にはヤマサ醤油からウスターソース「ミカドソース」が発売され「新味醤油」という商標で特許を取得しました。しかし、一般の人々に馴染みのない味だったため受け入れられず一年で製造中止となってしまいます。それもそのはず、ミカドソースはイギリスのウスターソースをそのまま再現したもので日本人には馴染めなかったのは無理もない話です。
初めてのウスターソースにはもう一つ話があり、ミカドソースと同年に阪神ソースから販売されたウスターソースの話です。発売が同年であったことは事実ですが、どちらが先だったのかは現在でも謎で、今でも日本初を争ってのようです。

今日の最後に

ウスターソースのウスターは地名で間違いありません。ウスターで作られたのでウスターソース名付けられています。ちなみに、日本の行政上では、中濃ソース、とんかつソースも全てウスターソースの扱いになっています。
最後までお読みいただきありがとうございました。


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